東海道 関宿

2021.4.15  東海道 関宿は古くから日本三関の一つとして栄え、江戸時代には、東海道五十三次の第四十七番目の宿場として有名で、西の追分は東海道と大和街道の分岐で、京と大阪の分岐点、東の追分は、東海道と伊勢別街道の分れ道で、伊勢参宮の人々で賑わいました。
 街道には、大名の泊まる本陣、脇本陣、庶民の宿、木賃宿など、四十軒を越す旅籠、道の両脇に並ぶ町家、町の中央にある関の地蔵、重要文化財の愛染堂など、人々があふれ賑わっていました。
 現在、旧東海道の宿場町のほとんどが旧態をとどめない中にあって、唯一歴史的な街並みが残るところから、昭和59年、国の重要伝統的建造物群保存地区に認定されました。
 関宿の範囲は東西追分の間約1.8km、25haに及び、江戸時代から明治時代にけけて建てられた古い町家200軒あまりが残っています。