亀山城址

2021年10月3日

亀山城(かめやまじょう)は、伊勢国鈴鹿郡亀山(現在の三重県亀山市本丸町)にあった日本の城。文永2年(1265年)に関実忠によって若山(現在の三重県亀山市若山町)から、その後現在の位置に移された。江戸時代は東海道の要衝として発展し、幕末を迎えた。 明治維新以降は、明治6年(1873年)の廃城令によって、ほとんどの構造物が取り壊され、現在は天守台・多聞櫓・石垣・堀・土塁など一部が残るに過ぎない。ただ、多聞櫓は三重県下では唯一の遺存例であり、現存する多聞櫓として全国的にも数少なく、「旧亀山城多聞櫓」の名称で三重県の史跡に指定されている。